我家《わがいへ》は小路に沿ひて、
更に一段低き窪にあり。
門を覗きて斜めに
人も、我も
横穴の悒欝を思ふ。
門と玄関との間、
両側に立つ痩せし樫の幹は
土中より出でし骨の如くに黒み、
その灰色する疎らなる枝は
鉛の静脈を空に張れり。
我家は佝僂病者《くるびやうしや》なり、
その内部は暗く屈みて
常に太陽を見ず、
陰湿の空気壁に沁みて
菊の香《か》の如く苦《にが》し。
さもあらばあれ、我は愛す、
我家の傷ましく淋しきを。
精舎と行者との如く、
同じ忍辱の中に
人と家とは黙し合ふ。
さて、我家にも、
二階の障子に
朝の日の射す片時あり、
見給へこの稀なる
我家の桃色の笑顔を。
永き別れ
発車前三分……
我は更に戦きて
汽車の窓に歩み寄る。
発車前三分……
中なる人も
湿《うる》みたる目に見下ろし、
痙攣《ひきつ》る如く手を伸べぬ。
いかで、我等に残るこの束の間、
猶吸はばや、君が心を、
君が※[#「執/れっか」、10巻−377−下−7]を、君が香《か》を。
発車前三分
はた、わが命のため、
捉へて我目に留めばや、
君が顔を、君が姿を。
狂ほしくなれる我は
君が手の上に
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