つつじ、芍薬、藤、牡丹、
春と夏との入りかはる
このひと時のめでたさよ。
街ゆく人も、田の人も、
工場《こうば》の窓を仰ぐ身も、
今めづらしく驚くは
隈《くま》なく晴れし瑠璃《るり》の空。
独《ひとり》立つ木も、打むれて
幹を出す木も枝毎に
友禅染の袖を掛け、
花と若芽と香り合ふ。
忙《せは》しき蝶の往来《ゆきき》にも
抑へかねたる誇りあり、
ただ一粒の砂さへも
光と熱に汗ばみぬ。
まして情《なさけ》に生くる人、
恋はもとより、年頃の
恨める中も睦み合ひ、
このひと時に若返る。
ああ、またありや、人の世に
之に比ぶる好《よ》き時の。
いでや短き讃歌《ほめうた》も
金泥をもてわれ書かん。
西部利亜所見
汽車は吼ゆ。
されどシベリヤの
雪と氷の原を行く汽車は
胴体こそ巨大の象のやうなれ、
この怪獣は石炭の餌《ゑ》を与へられず、
薪のみを食らへば、
吼ゆる声の力無く、
のろのろと膝行《ゐざ》りゆく。
露西亜文字《ろしあもじ》を読み得ざれば、
今停まれるは何と云ふ駅か知らず。
荒野《あらの》の中の小き停車場《ステイシヨン》に
人の乗降《のりおり》も無く、
落葉したる白楊
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