の木
其処此処に聳えて、
灰色の低き空の下《もと》
五月の風猶雪を散らせり。
汽笛の叫びに引かれて、
男、女、子供、
すべて靴を穿かぬ
シベリヤの農民等は
手に手に、大《おほい》なる雁を、
鶏を、牛乳を捧げて、
汽車の窓に馳せ寄り、
かしましく買へと云ひぬ。
〔無題〕
わたしの庭の高い木に
秋が琴をば掛けにきた。
翡翠を柱《ぢ》とし、銀線を
絃《いと》にすげたる黄金《きん》の琴。
風は勝れた弾手にて、
人の心の奥にある
弧独の夢をゆり起し、
木《こ》の葉と共に泣かしめる。
〔無題〕
うす紫と、淡紅色《ときいろ》と、
白と、萠黄と、海老色と、
夢の境で見るやうな
はかない色がゆらゆらと
わたしの前で入りまじる。
女だてらに酔ひどれて、
月の明りにしどけなく
乱れて踊る一むれか。
わたしの窓の硝子《がらす》ごし
風が吹く、吹く、コスモスを。
炉の前
かたへの壁の炉の火ゆゑ
友の面輪も、肩先も、
後ろの椅子も、手の書《ふみ》も、
濃き桃色にほほゑみぬ。
部屋の四隅の小暗くて、
中に一もと寒牡丹
われと並びて咲くと見る
友の姿のあてやかさ。
春にひとしき炉の
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