晩秋

S《エス》の字がたの二人《ふたり》椅子《いす》、
背中あはせのいやな椅子、
これにあなたと掛けたなら、
この気に入つた和蘭陀《オランダ》が
唯だの一夜《ひとよ》で厭になろ、
その思出もうとましい。
ギヤルソン外[#「外」はママ]にいい部屋は無いの。
[#地より8字上げ](アムステルダムの一夜)

[#改ページ]

 大正四年


  温室

広き庭の片隅に
物古りたる温室あり、
そこ、かしこ、硝子《ガラス》に亀裂《ひび》入り、
塵と蜘蛛の糸に埋れぬ。

棚の上の鉢の花は皆
何をも分かず枯れたれど、
一鉢の麝香撫子のみ
はかなげに花|小《ちさ》く咲きぬ。

去年《こぞ》までは花皆が
おのが香と温気とに
呼吸《いき》ぐるしきまでに酔ひつゝ、
額《ぬか》重く汗ばみしを、

今、温室は荒れたり、
何処《いづこ》よりか入りけん、
憎げなる虻一つ
昼の光に唸るのみ。


  〔無題〕

今夜|巴里《パリー》は泣いて居る。
シヤン・ゼリゼエの植込も、
セエヌの水もしつとりと
青い狭霧に街灯の
涙を垂れて泣いて居る。


  〔無題〕

群をはなれて※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ラ
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