の恋が、今日の血が、
明日《あした》の夢が泣きじやくる。
からんだ髪を琴にして。

心ひとつは若々と、
かをる油に打浸り、
死なぬ焔を立つれども、
ああ灰のよに髪が散る。


  秋の朝《あした》

卓の上から二三輪
だりあの花の反りかへる
赤と金とのヂグザグが
針を並べた触をして、
きゆつと瞳を刺し通し、
朝のこころを慄はせる。
見返る角《かく》な鏡にも
赤と金とのヂグザグが
花の酒杯《クウプ》を尖らせて、
今日の命を吸へと云ふ。

それに書斎の片隅の
積んだ書物の間から、
夜の名残をただよはす
蔭に沈んで、寒さうに、
痩せた死人の頬を見せる
青いさびしい白菊が、
薬局で嗅ぐ風のよに
苦いかをりを立てるのは
まだ覚め切らぬ来し方の
わたしの夢の影であろ。
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 大正三年


  ひるまへ

てれ、れん、れんと鳴り出した。
つて、れん、れんと鳴り出した。
それは傴僂《せむし》のマンドリン、
昼まへに来るマンドリン
歌もうたやるマンドリン。

窓の硝子《がらす》に寄つたれば、
白いレエスの冷たさよ。
お城の壁に紅葉《もみぢ》した、
蔦の葉のよな襟かざり。
上を見上げる襟かざ
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