へんえ。
紅葉の盛りは十一月の中頃、
なんの寒いことがおすかいな。
大井川の時雨によいお客さんと屋形船に乗つて、
紅葉を見ながら、わたしら揃うて鼓を打つのどつせ。
姉はん、さうどすえなあ。

と云ひました。一人の舞妓が、
わたしの好きな、優しい京の言葉で。
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 明治四十五年


  〔無題〕

跣足《はだし》で歩いた粗樸な代《よ》の人が
石笛を恋の合図に吹くよな雲雀《ひばり》。
九段《くだん》の阪を上《のぼ》るとて
鳥屋の軒で啼く雲雀、それを聞けば、
わたしの二人の子を預けて置く
玉川在の瑠璃色の空で啼いて雲雀が
薄くらがりの麦畑《むぎばた》で
村のわんぱくに捕られたのぢや無《ない》か。
雛から鳥屋で育つた雲雀と知《しり》ながら、
五町すぎ、七町すぎ、
うちの門まで気に掛る雲雀。


  〔無題〕

善しと人の褒むる物事の裏に
偽と慢心と嫉妬と潜む。
そは醜き不純の光なり
我は身を投げてあらゆる罪悪と悔恨と耻辱とに抱かまし、
その隠れて徐徐にあらはるるものほど、
遠空の星の永久に輝く如く、
純金の錆びず、金剛石の透きとほる如く、
いつ見ても活活として美くしく好ましきかな
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