り疲れて床に入つたが、寝つかれぬ。
いつも点けて置く瓦斯の火を起きて消せば、
部屋中の魔性の「闇」ははたと音《ね》をひそめ、
みるみる大きく成つて行く黒猫の柔かな手触りで
わたしの友染の掻巻の上を軽く圧へ、
また、涙に濡れた大きな黒目がちの
人を引く目の優形《やさがた》の二十三四の女と変つて
片隅に白い右の手を頤《あご》にしたまま寄りかかり、
天井の同じ方ばかり待ち人のあるよな気分で見上げる。
(それはわたしの影であろ。)
部屋中の静かなことは石炭の庫《くら》の如く、
何処からとなく障子の破れを通す霜夜の風は
長い吹矢の管《くだ》をわたしの髪にそおつとさし向ける。
わたしはますます寝つかれぬ。
閉ぢても、閉ぢても目は円く開き、
横向に一人じつとして身ゆるぎもせぬ体は
慄毛《おぞけ》だつ寒さと汗に蒸される熱さとの中で烹られる。
わたしは風邪を引いたらしい。
それとも何かに生血を吸はして寝てるのか。
時計は二時を打つ。
〔無題〕
東京のお客さんは皆さうお云ひやはる。
「京の秋は早よ寒い」と。
そないに寒がつておいでやしたら、あんたはん、
嵐山の紅葉《もみぢ》は見られやしま
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