みました。
ちツとも辛く無いの。
辛いとばかし思ツてたものがね、
甘かツたから
今日まで誰にも話が出来なかつたの。


  お俊傳兵衞

俊子《としこ》ツてえのはね、
お嫁に来てからの名なの、
真実《ほんたう》はお俊《しゆん》と云ふ名なの、
いい名でせう。

小説家が来てね、
女主人公《ひろいん》の名をつけてくれつてね、
私に云つたの。
あの傑作の「煙」ですよ。

その時私はね、
唯かう云つたの、
私の真実《ほんたう》の名はおしゆんです。
いい名でせうツて。

「煙」の女主人公《ひろいん》はね、
用吉の相手はね、
おしゆんぢやなかツた、
ねえ、おしゆんぢやないのよ。

だツて好《い》いのよ、
「煙」におしゆんが出ないからツて、
用吉の相手にならないだツて、
好いのですとも。

鳥部山を知ツていらしツて。
男肌には白無垢や、
上に紫藤の紋ツてね。
傳兵衞はいいわねえ、
用吉はいけないわねえ。
[#改ページ]

 明治四十四年


  〔無題〕

来て寝やしやんせ、三本木。
前の河原に脊の高い、
青い蓬のあひだから、
ちよ、ちよ、ろ、ちよ、ちよ、ろと水が鳴る。

来て寝やしやんせ、三本木。
前へ 次へ
全116ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング