十一年


  赤とんぼ

酒屋の庫《くら》のうら通り、
二間《にけん》にたらぬ細通り、
向ひの側の屋根火の見
釣半鐘やものほしの
曲《ゆが》みてうつる影の上、
二間ばかりを初秋の
日はしら壁につぶと照る。

ゆききとだえし細通り、
少女《をとめ》二人は学校の
おやつ下りを帰りきぬ。
十四と十二髪さげし
その幼きはわれなりき。
一人の髪は今しらず。

評判者のいぢわるの
しげをの君は隣の子、
五町ばかりのゆきかへり
つれだつことを悲みぬ。
この日は何か先生に
しげをの君はしかられて
腹立泣《はらだちなき》に泣きしあと。

しげをの君はもの云はず、
何を云ひてもいらへせず、
いとおそろしき化《ばけ》ものと
肩ならべゆくここちして
われは死ぬべく思ほえぬ。
酒屋の庫のうら通り。

庫の下なる焼板に
あまたとまれる赤とんぼ
しげをの君の肩にきぬ。
一つと思ふにまた一つ
帯にとまりぬ、また一つ
裾にもとまる、赤とんぼ。

つと足とめて、あなをかし
とんぼの衣《きぬ》とわれ云ひぬ。
とんぼの衣とその人も
はじめてものを云ふものか。
酒屋の庫のうら通り、
初秋の日は黄に照りき。
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