きとき、
むらさきの花零せしか。
六十年の齢《とし》終り、
病の深くむしばめる、
身は身なれども、我れは斯く、
思ひ上りて歌を書く。
鵯
藍鼠をば著た上に、
伊達ものめいた黒を掛け、
党を組んだるひよどりが、
柑橘の畑荒しても、
追はぬ主人《あるじ》は故郷《ふるさと》の、
若人達を相手にて、
一葉余さず落葉掃く、
蓬が平《ひら》の真珠庵。
折しも続く東海の、
錦の雲の真中に、
ネエブル色の日が出れば、
伊太利亜型のひよどりは、
蜜柑の枝に背を反らし、
其処へ行かうと同志等に、
ささやく声もうち消して、
どつと渚の波が寄る。
〔無題〕
都の中の神田にも、
丑三つ時のあることを、
病みて知れるにあらねども、
声の無きこそ哀れなれ。
しとどの汗のうちに覚め、
そこはかとなく明りさす
室の広きを見渡せば、
昼の二三の顔浮ぶ。
病めば思ひも多からで、
同じ筋のみたどられぬ。
生死《しやうじ》の覚悟身に沁まず、
我がこととなくよそよそし。
小床と向ふ垂幕に、
伊豆の入江の烏賊船の、
いさり火模様描くものは、
下谷浅草本所の火。
短夜なれば既にして、
外を通へる風の音
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