空であらうか、君の名は。
――それに違ひがないわいな。
ひとり小声で喚ぶたびに、
沈んだ心も、
しんぞ高くなる。」
若い娘の言ふことに、
「また、あの燃える
お日様である、君が名は。
――さうではないと誰が言はう。
わたしの心を眩暈《めまひ》させ、
熱い吐息を
投げぬ間もない。」
若い娘の言ふことに、
「ああ、君が名を
喚ぶと云うても口の中《うち》。
――それを何うして君が知ろ。
自分の喚んで聴くばかり。
雲雀よ、雲雀、
音《ね》の高い雲雀。」
〔無題〕
わたしの上を掠めて通らぬ雲ならば、
勝手に曇れ、
勝手に渦巻け、
わたしの足もとの遠い雲。
憎悪《ねたみ》の風に、
愚痴のしぶき雨、
嘲りの霞をまじへた、
低い、低い、通り雲。
わたしの上には、水色の
ひろい空、日輪の金《きん》の点。
けれど、なんだか気に掛る。
あれ、あの地平線に見えるのは、
不安な、黒い雲の羽。
それとも、わたしに二度帰る
空飛ぶ馬の持つ羽か。
けれど、なんだか気に掛る。
〔無題〕
かかる文書くべき人と、
かの人の思ひ当る名、
もつが憎くけれ、いかにしてまし。
○
をりふしに美くしき
いみじきすごき稲妻おこる
陰陽のあるらむ、わが一つなる心にも。
○
紅《くれなゐ》の血ながして、
みな死ぬべきを閉ぢこめぬ。
チヤアルス王の、倫敦塔に似る心かな。
○
寒さをも、熱をも知らず、
ある人に云ふ如きこと、聞くは厭、
横恋慕などうち明けよかし。
○
おほよそは、そのむかし、
二十ばかりの若き日に、
過ちて入りたる門をわが家とする。
○
わが心、尼院の中に、尼達に、
かくまはれあればすべなし。
思ふとも、思はるるとも、全《また》くすべなし。
○
かの人が七人の子を見に帰れば、
かの人に、
老は俄におそひいたりぬ。
○
自らがちかひけるやう。
檀那様と生き、
檀那様と死に、
檀那様の知らぬまに、
唯ひとつ、何かしてまし。
○
別れて憂愁に居ぬ。
はねらるるとも、くれなゐに、
血のとばじな。あぢきなの身。
○
得たるもの忽にして擲つは
財宝すらもここちよし
まして、まして、何と云はむ。
○
大空の雪のごと、浮きたる心と、
流れの浄き心と
はらからなるをわれのみぞ知る。
○
いつの日か、いかなる時か、
しのびてわれに恩売り
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