の上。
   ×
本《もと》をただせば痩我慢、
それを通したかたくな[#「かたくな」に傍点]が
仮に堅めた今日《けふ》の性《さが》。
沙の塔ぞと人云はん、
押せばくづるるわたしの我《が》。
   ×
ボタンを押せばベルが鳴り、
取次を経て座に通る、
なんとかずかず手間が要る。
わたしの客はわたしなり、
逢ひたい時に側にゐる。

[#改ページ]

 昭和十年


  〔無題〕

しら布に覆へる小箱、
三等車より下《お》り来たる。
黙黙として抱だきたるは
羽織袴の青年。
名誉の死者の弟か。

知らぬ他国の我れなれど、
この駅に来合せて、
人人の後ろより、
手を合せつつ見送れば
涙先づ落つ。

駅のそとには
一すぢの旗動き、
兵士、友人、縁者の一群《いちぐん》
粛然と遺骨の箱に従ふ。
「万歳」の声も無し。

我れは思ふ、
などか此の尊き戦死者の霊を
此のふるさとに送るに
一等車を以てせざりしや。
我が涙また落つ。


  〔無題〕

師走の初め、都にも
今年は寒く雪ふりぬ。
出羽奥州の凶作地
如何に真冬のつらからん。

陛下の御代の臣《おみ》たちよ、
人飢ゑしむること勿れ。
国には米の余れるに
恵みて分つすべ無きか。

市人《いちびと》たちよ、重ねたる
衣《きぬ》の一つを脱ぎたまへ。
飢ゑ凍えたる父母に
その少女らを売らしむな。

彼等の子なる兵士らは
出でて御国を護れども、
ああ、その心、ふるさとの
家を思はば悲まん。

ともに陛下の御民なり。
是れよそごとか、ただごとか。
いざ、もろともに分けて負へ、
彼等の難は己が難。


  〔無題〕

たけ高きこと一丈、
雪白《せつぱく》の翼を拡げたる大鳥二つ、
鸞ならん、鳳ならん、
青き空より舞ひくだり、
そのくはへたる紫の花を
幾たびも我手に置きぬ。
昨夜の夢は是れなり、
かかる夢は好し、
覚めたる後も猶
燦爛として心光る。


  〔無題〕

今日わしれども、わしれども、
武蔵の路の長くして、
われの車の窓に入る、
盛り上がりたる白き富士。

竜胆《りんだう》いろに、冬の空、
晴れわたりつつ、雲飛ばず。
見て行く萩の上にあり、
河原より吹く風のおと。

[#改ページ]

 昭和十一年

  一とせ

能はずとせしことなれど、
怪しく此処に得たりけれ。
おのれの死にて亡き後の、
世をば一とせ我れの見る。

能はずとして思ひし
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