丹ならまだある筈だと思ひまして、女中に持つて来させましたが、
『これは少し酒精気《アルコオルけ》の多い雲丹です。去年××から貰つて来たのてすよ。』
 と良人がSさんに云ふのを聞いて、私はまたYさんのことを思ひ出しました。それは良人が九州の或団体から招待を受けて行つた時に、××新聞社の社員として接待の役をしてくれたのがYさんだつたのださうですから。
 中の三人の子が床に入りましてから、私はまだ眠りさうにない末の子を抱いて二階へ行きました。
『つひ、長居をしてしまつて。』
 と云つて、Sさんは椅子を離れました。
『まあ、いいぢやありませんか。』
『さうですかな。』
『まだ七時頃だらう。』
『ええ。』
『しい。』
 Sさんは末の子が鶏を見て云ふことを云つて子供をからかひながらまた座りました。門の戸を二寸、三寸、また三寸と云ふ風に人の開けた音が聞えました。暫くすると
『母さん、女の人が来ましたよ。』
 長男がかう云つて、私の処へ原稿紙で上包みを拵へた書簡を持つて来ました。良人と私の名が並べて書かれてあるのですが、文字に見覚えがないと思つて裏面を見るとこれはYさんのでした。私は抱いた子を下へ置い
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