第一義生活――世界的生活の上に安座しているのです。これを基礎とし背景として必要な範囲で国民生活を営み併せて個人生活を営む事は、これまでの矛盾の一切を撤去することが出来て私のいわゆる三面一体の生活が完成されるものであろうと思います。人生は個人生活、国民生活、世界生活のいずれに偏しても幸福でありません。一体の生活の中にこの三つの生活が流動し融合して、少しも矛盾のないものであることが最上の生活の理想です。
今度の戦争は、この人道的な生活理想の覚悟を、敵味方いずれの国民にも、その抽象的知識的の考案からばかりでなくて、幾百万の同胞の霊と血とを犠牲にし、幾百万の財力を濫費したことの絶大な悲痛の中の実験から促進しつつあります。彼らはなお、古風な名誉と外面的体裁の行掛りのためとで悲壮なる戦争を継続しているだけで、彼らの内心は敵味方とも戦争の愚かさと悲惨と罪悪とについて明白に悔悟しているに違いありません。私は新たに戦争に加入した米国が欧洲の戦場で恐らくその百万の兵士の幾万人をも殺さないで済ますであろうと想像します。最も遅く加入しただけに、戦争の害毒に対して最も冷静な判断がウィルソン大統領以下の米国識者階級に徹底しているはずです。前年の海牙《ハーグ》における万国平和会議のように形式的なものでなくて、人道的平和運動の実際的要求が欧洲の戦場とその背後の交戦国民との間に血に染りながら動いていると思います。恐らくこの戦争は過去のどの戦争が経験したよりも最も悲惨なる歴史を遺すだけで、その敵味方の国家と国家との間に何らの新らしい名誉をも附け加えずに早晩その終りを告げるでしょうが、しかしこの戦争によって空前の大勝を博するものが他にあります。それは敵も味方も包容した世界の全人類です。彼らは戦争と極端な国家主義とから解放せられて、愛、経済、学問、芸術等の世界的協同の中に、今よりも幾倍か堅実な個人生活、国民生活、世界生活を建設しようとするでしょう。この戦争が長引いてその戦慄《せんりつ》すべき災禍が加重されるほど、戦後におけるそれらの平和運動は深められ、促進され、その事実化を早くするだろうと思います。
露西亜《ロシヤ》人はどの国よりも逸早《いちはや》くこの点に覚醒して平和の解決を望んだので、その目的は極めて善いのですが、惜しいことに適当な指導者を持たなかったために、無知と短気とから不自然な過程を取って、
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