《さいぐう》加茂《かも》の斎院の御上《おんうえ》などもなつかしかった。自分の当時の心持を今から思うと、穢《きたな》い現実に面していながら飛び離れて美的に理想的に自分の前途を考え、一生を天使のような無垢《むく》な処女で送りたいと思っていたのであった。
 また自分の心持には早くから大人《おとな》びている所があった。投げやりな父に代り病身な母を助けて店の事を殆《ほとん》ど一人で切盛《きりもり》したためもあるが、歴史や文学書に親《したし》んだので早く人情を解し、忙《せわ》しく暮す中にも幾分それを見下して掛かる余裕が心に生じていたからであったらしい。
 それで大人びていた自分は、恋愛などの心持も文学書に由って十二歳の頃から想像することが出来た。『源氏物語』の女の幾人に自分を比較して微笑《ほほえ》んでいた事もあった。しかし異性に対する好悪の情はあったにせよ実際に自分自身の恋愛と名づくべき感情は二十三の歳まで知る機縁が自分の上になかった。常に自分の周囲の男女は都《すべ》て不潔な人間だという気がして、それで書物の中の男女にばかり親んでいた。
 一般に処女の恋愛は異性に対する好悪の情が好奇心に一歩を進め
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