、延《ひ》いては一家の協同生活を危くし、社会の幸福をも害《そこな》う結果が予想せられる。
 学者は種の保存の上からも女子の貞操は太切《たいせつ》であるという。学説としてはそうでもあろうが、自分にはまだ夫婦の血族を保存するために貞操を守ろうとする自覚はない。それよりも自分のように純潔を貴ぶ性情を基礎としてさえいれば自然に種の保存の意義にも一致する結果になると思う。
 以上は専ら自分にのみついて述べた。これを自分だけの経験から出発した特殊の貞操観であって、一般の婦人たちに及ぼしがたいものである事は勿論知っている。世の中の婦人の大多数は貞操の堅固な人たちである。自分はその一人一人の特殊な貞操観を聞きたい。
 また再婚をする婦人の心持、良人を定めずして多数の異性に接する稼業《かぎょう》の女の心持などは、どういう所に心の平衡を取って自己を安んじ羞恥《しゅうち》を抑《おさ》えていることが出来るのか、それらについても経験を聞きたい。
 未亡人というものは故人|某《なにがし》の妻である。それが再嫁をするということは法律上に姦通ではないにしても、本人の心持は疚《やま》しくないものであろうか。未亡人の貞操観というものも赤裸裸に語る人があって欲しい。
 また男子の貞操観をも聞きたいものであるが、それは男子自身の正直な告白を待つより外はない。しかし自分の想像では、男子は生理的に女子とよほど異《ちが》った所があって、処女には性欲の自発がないにかかわらず、若い男子にはそれが反対に熾《さかん》であるらしい。(十月の雑誌『三田文学《みたぶんがく》』の谷崎氏の小説はその一例である。)また婦人は早く老いやすいにかかわらず、男子は七十歳の老人にも好色の噂《うわさ》を聞く例《ためし》が多い。特殊な男子を除き、一般大多数の男子がそうであるなら、男子の貞操はよほど趣を異にせねばならぬはずである。男子は貞操を守るに堪えないともいわれよう。
 それとも、将来は教養ある男子が殖えるに従って、自己の純潔を貴ぶため、家庭の平和を欲するため、放縦《ほうしょう》な性欲を自制して一夫一婦主義を女子と同じく尊重し実践するようになるであろうか。また反対に女子もまた刺激に憬《あこが》れる心や食物その他の変革から従来の体質を漸次一変して性交の欲望を自発し、併《あわ》せて男子と斉しく老ゆることも遅くなるであろうか。最後に述べて置く、自
前へ 次へ
全13ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング