ても、乗車賃のかさむ心配はいらないのでした。私は入口の隅に腰を掛けて居ました。安兵衛の顔の近く見える方が心丈夫だつたのです。私の親しい同《おなじ》町内の子供達が、皆旗を貰つて馬車からばら/\と帰つて行き、薄見知《うすみし》りの顔の交つた隣町の子供等にも別れ、終《しま》ひには誰一人|馴染《なじみ》のない子供等の中に、私だけが交つて行くことになつたのです。窓から外を眺めますと、人通りの少くて町幅の広い寺町《てらまち》に来て居ました。友吉はぱつぱつぱつ、ぱぱつ、ぱぱつと喇叭を吹きました。どんなにその音が私に悲しかつたでせう。車が停《とま》つた時に、安兵衛は私の淋しい顔を見て、
「嬢やん、豆あげまひよか。」
と云ひました。
「ちつとも欲しいことない。帰りたいのや。」
 涙がほろほろと零《こぼ》れました。
「いきまへんな。一番終ひに送つたげまつせ。」
 私は仕方なしに点頭《うなづ》いて居たのでせう。私の家《うち》のある方を背にして、車は南へ南へと行きました。私はそれきりその馬車に乗つた覚えはありません。何でも大人達の話で聞くと、友吉と安兵衛の仕事は一月《ひとつき》も続かなかつたのださうでした。損
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