の門には金の大きい菊水《きくすい》の紋が打たれて居て、其《その》下に売薬の古い看板がかゝつて居ました。
「お上りなさいな。本なんか出して遊びませう。」
 暗くて広い庫裏《くり》の土間の上り口で楠さんは頻りに勧めてくれましたが、友人の家と云ふ所へ其《その》時初めて行つた私は思ひ切つて楠さんの居間へ通ることをようしませんでした。向うの室《へや》で機《はた》を織つておいでになつた楠さんの母様《かあさん》も出て来て私をいたはつて下さいました。
「では庭ででも遊びませう。」
と云ふ楠さんに伴はれて私は鐘樓の横やら本堂の前やらの草木の花の中を歩きました。今思へばそれ程のこともありませんが其《その》頃の私には慈光寺の庭程美しい趣の多い所はないやうに思はれました。
「私の姉《ねえ》さんは薔薇があれば香水を拵《こしら》へると云つてます。」
 こんなことを私が云ひますと、
「薔薇の花を切つて上げませうか。」
と楠さんは云ひました。私は驚異の目を見張て、
「お父様《とうさん》のお花を切つてもいいのですか、あなたが。」
と云ひました。
「いゝのですとも。ちつとも叱られませんよ。」
「まあ。」
 私は楠さんの得
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