《ほそおもて》の美くしい竹中はんが、女中と並んで十一時半頃に東の方から歩いて来るのを見ました時、私の胸にはどんなに高い動悸が打つたでせう。私の居る二階の下まで来ました時、竹中はんは上を一寸《ちよつと》見上げたまゝで、ずつと通つて行つてしまひました。失望して居る私に女中は午後《ひるから》を待てとも云ひませんでした。私も黙つて居ました。竹中はんは決して遊びに来てくれはしないとその刹那に感じました通り、その人とそれきり遊んだ覚えはありません。私はそれから満|五歳《いつつ》までは、学校通ひを止《や》めさせようと云はれて家《うち》に置かれて居ました。
私の生ひ立ち 二 狸の安兵衛/お歌ちやん
狸の安兵衛
私の小い頃に始終家に出入りして居た車夫は、友吉《ともきち》と安兵衛《やすべゑ》の二人でした。安兵衛は狸の安兵衛と云はれて居ました。私はその人を真実《ほんたう》の狸とも思つて居ませんでしたが、人間とは少し違ふもののやうに思つて居ました。安兵衛は肱《ひぢ》に桃色をした花の刺青《いれずみ》がしてありました。友吉は顔に黒子《ほくろ》が幾つもある男でした。私の家《うち》ではどう云ふ理由《わけ》で
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