した。私は母の膝の横に居ました。お菊《きく》さんと云ふ知つた女の人と、その子のお政《まさ》さん、私の従兄《いとこ》二人、兄、番頭、その外《ほか》の人は忘れましたが何でも十何輌と云ふ車でした。両側の家の軒燈《けんどう》のまたたいて居る大道《だいだう》を、南へ南へと引いて行かれるのでした。湊《みなと》の橋を渡りますと正面に見える大きい家で鶏《にはとり》が啼《な》きました。何時《いつ》の間《ま》にか私は母に倚《よ》りかかつて眠りました。
「これ、これ大鳥様《おほとりさま》のお社《やしろ》だよ。」
 肩を叩かれて私が目を見上げますと左手に大きい鳥居《とりゐ》があるのでした。母は車上で手を合せて拝《はい》をして居ました。まだ薄暗いのですが、奥の方へ立ち並んで燈籠の胴が、ほのぼの白く木《こ》の間《ま》から見えました。その暁《あかつき》の大鳥神社の鳥居の大きかつたことは、全《まる》で人間世界を超越したもののやうに九歳《こゝのつ》の私には思はれたのです。帰りには上までもつとよく眺めませうと通つてしまつた後《あと》では思つて居ました。自身の行く山の名も村の名も私はよく知らないのです。今でも知りません。何
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