けでした。その優しい三阪先生を上に頂いて居《を》ります時に、私は思ひ出しても不快な脅迫者を前に置いた日送りをして居ました。先生はもとより夢にも御存じのないことです。それはまだ三年生の時のことでした。時間が来て教場へ入るために砂利の敷かれた前の庭で私等は列を作るのでしたが、その時まで運動に夢中になつて居る人達なのですから、それがかなり入り乱れて混雑なものになるのです。私はある日のその時に友達の足を踏みました。その人は靴を穿《は》いて居て私は草履穿《ざうりばき》だつたのです。
「あつ、痛《い》た、鳳《ほう》さん。」
はつと思つてその人の顔を見ますと、それは柴田《しばた》と云ふ子でした。
「ひどい、これ見なはれ。」
私がおづおづと柴田の前へ出した足を見ますと、それ程強く踏んだとも感じませんでしたのに、靴の先の釘が少し上へ上つて居ました。
「御免なさいな。」
と私は頭を下げました。
「先生。」
と柴田は先生をお呼びして、そして私の不都合を訴へました。こんなに迄と云つてその靴の先も見せました。
「靴がそんなになる程とは少しひどい。」
と先生は私を見てお云ひになりました。けれどもそれは唯《ただ
前へ
次へ
全79ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング