き見る事があるやうだけれど。』
 時々男が見ると云ふのは、この家の中では一番贅沢な飾りのされてある下の広間の戸口を開けたままで、寝台の上に手や肩を出してだらしなく寝そべつた時のあの女なのであらうかなどと女は思つて居た。下で木戸のがたんと閉る音がして、早足で敷石の上を歩いて来る靴の音がするので、女はまた顔を外へ出した。
『あら、奥さん、いいお帽子。』
 と西斑牙女がはしやいだ声を低い金網垣の外へ掛けた。四人の目の前を
『今日は。』
 聞えない程に云つて逃げるやうに薔薇の帽が上り口の石段を駆け上つた。
『あら、キキですわ。』
 驚いたやうに女が云つた。
『キキが珍しいのかい。』
 と云つて、男は立ち上らうとした。
『だつて、だつてもうお腹《なか》が大きくないのだもの。』
『嘘だらう。』
 靴を穿いた男は草履穿の背の低い女の肩に手を掛けて下を覗いた。
『もう入つちやつたわ。どうしたのでせうね、それに好いなりをしてたわ。』
『少し妙だね。』
 男は下から目を上げたルイと顔を見合せて
『今日は。[#「。」は底本では脱落]』
 と云つて、首を一寸下げた。女はすつと窓から身を引いた。机の前の今迄男の
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