な不愉快な心地もその時々の気分によつて起させられるのであるが、今日もやはり女はさう思つた。英国へ行つて居た間に隣の邸の大きいマロニエの七八本が暑気に葉を傷めて落ち尽くしてしまつたのが見る度に腹立たしくも思はせられた。併し一番向うの木はもう二度目の芽を疎らに墨のやうな色をした幹に附けて居た。門の方からその家の十二三の下僕《ギヤルソン》が白い胸当をして鳥打帽を被つた姿で、公園の道見たやうな芝の中の白い道を通つて来る。女は国に置いた長男の顔がまざまざと目に見えて来た。自分が身分不相応な、無分別な外国旅行などをした果てには子供達迄も落ぶれさせて、あの下僕のやうな事もさせるやうにもなるのではあるまいか、何時かの朝下僕が大きい手で撲られて居るのも見たが、あんな目を自分の子も見るのであらうか。女はまた男に対する怒りが火のやうに胸に燃えるのを覚えた。振り返つて見ると男はもう机の前に帰つて居て静かに読書を続けて居た。涙を零しながら欄の上から顔を出して下を見ると、遠州流の生花の心《しん》の枝のやうな反り返つてひよろながいアカシヤの木の根の下の処に向ひ合つて置いた二つのベンチに人の出て居るのが目に入つた。此
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