いつぱい溜つた。
『おまへがさうして居ると日本に居た時の夫婦のやうな気がするよ。』
 そんなことはない、私はさう思はないとか何とかまたあらがひたい気もありながら、どうしたのかさうした言葉の見つからないのを煙草を飲むのに紛らして黙つて居た。
『この煙草は辛くていやだわ。』
 こんなことを女が云つた。
『スリイカツセルでも買つてこようか。』
『いいんですよ。』
 女は笑顔を作つて見せた。何やらいぢらしい気がして男は長椅子の女の横に来て腰かけた。女はまたむらむらと喧嘩がして見たくなつた。
『やつぱり私《わたし》はあなたが憎いのですわ。』
『困つたものだね。』
『飲んで頂戴、もう厭になつたから。』
 と云つて、女は煙草を男に渡さうとした。
『お捨てよ。僕もいやだ。』
 女は立つて机の上の灰落しに煙草を置きに行つて其儘窓の方へ行つた。戸を前に引いて丁度胸の辺りまである鉄の欄《てすり》に倚ると何時もの空が見える。途方もない事をしてしまつたと云ふ後悔を教へる東の遠い空が見える。薄鼠色の上に頻りに白い雲の動いて居る日である。目の真向うに見える黒い高い家が、此方向いた窓が一つも附いて居ないので牢屋のやう
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