慮の欠けたことをなさいます。奥様がお帰りになりましてどうこれをお言いになりましょう」
 少将はこう言って止めようとするのであったが、信仰の境地に進み入ろうと一歩踏み出した人の心を騒がすことはよろしくないと思った僧都が制したために、少将もそばへ寄って妨げることはできなかった。「流転三界中《るてんさんがいちゅう》、恩愛不能断《おんあいふのうだん》」と教える言葉には、もうすでにすでに自分はそれから解脱《げだつ》していたではないかとさすがに浮舟をして思わせた。多い髪はよく切りかねて阿闍梨が、
「またあとでゆるりと尼君たちに直させてください」
 と言っていた。額髪の所は僧都《そうず》が切った。
「この花の姿を捨てても後悔してはなりませんぞ」
 などと言い、尊い御仏の御弟子の道を説き聞かせた。出家のことはそう簡単に行くものでないと尼君たちから言われていたことを、自分はこうもすみやかに済ませてもらった。生きた仏はかくのごとく効験を目《ま》のあたりに見せるものであると浮舟は思った。
 僧都の一行の出て行ったあとはまたもとの静かな家になった。夜の風の鳴るのを聞きながら尼女房たちは、
「この心細い家にお住
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