りをさせたが、自分には、何のかいもなかった、命さえも意《こころ》のままにならず、言いようもない悲しい身になっているではないか、と浮舟は思ううちにもこの一家の知らぬ人々に伴われてあの山路《やまみち》を自分の来たことは恥ずかしい事実であったと身に沁《し》んでさえ思われた。強情《ごうじょう》らしくは言わずに、
「私は気分が始終悪うございますから、そうした遠路《とおみち》をしましてまた悪くなるようなことがないかと心配ですから」
 と断わっていた。いかにもそうした物恐れをしそうな人であると思って、尼君はしいても言わなかった。

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はかなくて世にふる川のうき瀬には訪ねも行かじ二本《ふたもと》の杉《すぎ》
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 と書いた歌が手習い紙の中に混じっていたのを尼君が見つけて、
「二本《ふたもと》とお書きになるのでは、もう一度お逢いになりたいと思う方があるのですね」
 と冗談《じょうだん》で言いあてられたために、姫君ははっとして顔を赤くしたのも愛嬌《あいきょう》の添ったことで美しかった。

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ふる川の杉の本立《もとだち》知らねども過ぎにし人
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