ね。息子《むすこ》の僧都《そうず》から、聞き苦しい、念仏よりほかのことをあなたはしないようになさいと叱《しか》られましてね。それじゃあ弾かせてもらわないでもいいと思って弾かないのですよ。それに私の手もとにある和琴は名器なのですよ」
 大尼君はこんなふうに言い続けて弾きたそうに見えた。中将は忍び笑いをして、
「僧都がおとめになるのはどうしたことでしょう。極楽という所では菩薩《ぼさつ》なども皆音楽の遊びをして、天人は舞って遊ぶということなどで極楽がありがたく思われるのですがね。仏勤めの障《さわ》りになることでもありませんしね、今夜はそれを伺わせてください」
 とからかう気で言った言葉に、大尼君は満足して、
「さあ座敷がかりの童女たち、和琴《あずま》を持っておいでよ」
 この短い言葉の間にも咳《せき》は引っきりなしに出た。尼夫人も女房たちも大尼君に琴を弾かれては見苦しいことになるとは思ったが、このためには僧都をさえも恨めしそうに人へ訴える人であるからと同情して自由にさせておいた。楽器が来ると、笛で何が吹かれていたかも思ってみず、ただ自身だけがよい気持ちになって、爪音《つまおと》もさわやかに弾
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