だということがわかりましたから」
などと中将は言い、新しい姫君へむやみに接近したいふうを見せることもしたくない、ほのかに少し見た人の印象のよかったばかりに、空虚で退屈な心の補いに恋をし始めたにすぎない相手があまりに冷淡に思い上がった態度をとっているのは場所柄にもふさわしくないことであると不快に思われる心から、帰ろうとするのであったが、尼君は笛の音に別れることすらも惜しくて、
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深き夜の月を哀れと見ぬ人や山の端《は》近き宿にとまらぬ
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と奥様は仰せられますと取り次ぎで言わせたのを聞くとまたときめくものを覚えた。
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山の端に入るまで月をながめ見ん閨《ねや》の板間もしるしありやと
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こんな返しを伝えさせている時、この家の大尼君が、さっきから笛の音を聞いていて、心の惹《ひ》かれるままに出て来た。間で咳《せき》ばかりの出るふるえ声で話をするこの老人はかえって昔のことを言いだしたりはしない。笛を吹く人がだれであるかもわからぬらしい。
「さあそこの琴をあなたはお弾《ひ》きよ。横笛は月夜に聞くのが
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