。さすがに年を取った女たちは尼君が柄にもなく若々しく歌らしくもない歌をいい気で詠《よ》んで中将の相手をしていることは興ざめることと思っているのである。
なんという不幸な自分であろう、捨てるのに躊躇《ちゅうちょ》しなかった命さえもまだ残っていて、この先どうなっていくのであろう、全く死んだ者として何人《なんびと》からも忘れられたいと思い悩んで、横になったままの姿で浮舟《うきふね》はいた。中将は何かほかにも愁《うれ》わしいことがあるのか、ひどく歎息《たんそく》をして、笛を鳴らしながら「鹿《しか》の鳴く音《ね》に」(山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目をさましつつ)などと口ずさんでいる様子は相当な男と見えた。
「ここへまいっては昔の思い出に心は苦しみますし、また新しく私をあわれんでくだすってよい方はその心になってくださらないし『世のうき目見えぬ山路』とも思われません」
と恨めしそうに言い、帰ろうとした時に、尼君が、
「あたら夜を(あたら夜の月と花とを同じくは心知れらん人に見せばや)お帰りになるのですか」
と言って、御簾《みす》の所へ出て来た。
「もうたくさんですよ。山里も悲しいもの
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