友情でお世話をくださる方があるのはうれしいことでございます。亡くなりましたあとのこともそう承って安心されます」
 と言って尼君は泣くのであった。こんな様子を見せるのはよほど濃い尼君の血族に違いないがだれであろうと中将はなおいぶかしがった。
「将来のお世話は命も不定《ふじょう》のものですし、私も生き抜く自信の少ないものですが、そうお話を承った以上は決して忘れることはありません。あの方に縁のある方が実際この世におられないのでしょうか、そんなことがまだ少し不安で、それは障《さわ》りになることでもありませんが、隔ての一つ残されている気はします」
「普通の形でおいでになれば、いつまたそんな人が来られるかもしれませんが、もう現世《げんせ》の縁を絶った身の上になっておられる以上は私も安心しておられます。自身の気持ちもそう見えますからね」
 こんなふうに話し合った。中将は姫君のほうへも次の歌を書いて送るのであった。

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おほかたの世をそむきける君なれど厭《いと》ふによせて身こそつらけれ
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 誠意をもって将来までも力になろうと言っていることなども尼君は伝えた。
「兄弟だと思っておいでなさいよ。人生のはかなさなどを話し合ってみれば慰みになるでしょう」
「見識のある方のお話などを伺っても、私にはよく理解できないのが残念でございます」
 とだけ言っても、世を厭《いと》うように人を厭うたという言葉について浮舟《うきふね》は何も答えなかった。思いのほかな過失をしてしまった過去を思うと自分ながらうとましい身である、何ともものを感じることのない朽ち木のようになって人から無視されて一生を終えようと、姫君はこの精神を通そうとしていた。そうした気持ちから、今までは憂鬱《ゆううつ》から自己を解放することのできなかった人であるが、近ごろは少し晴れ晴れしくなって、尼君と遊び事をしたり、碁を打ったりして暮らすこともある。仏勤めもよくして法華経《ほけきょう》はもとより他の経なども多く読んだ。
 雪が深く降り積んで、出入りする人影も皆無になったころは寂しさのきわまりなさを姫君は覚えた。
 年が明けた。しかし小野の山蔭《やまかげ》には春のきざしらしいものは何も見ることができない。すっかり凍った流れから音の響きがないのさえ心細くて、「君にぞ惑ふ道に惑はず」とお言いになった
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