義務としてしなければならぬと責められて、少将が姫君の室へはいってみると、人に見せないのは惜しいような美しい恰好《かっこう》で浮舟の姫君はいるのであった。淡鈍《うすにび》色の綾《あや》を着て、中に萱草《かんぞう》色という透明な明るさのある色を着た、小柄な姿が美しく、近代的な容貌《ようぼう》を持ち、髪の裾《すそ》には五重の扇を拡《ひろ》げたようなはなやかさがあった。濃厚に化粧をした顔のように素顔も見えてほの赤くにおわしいのである。仏勤めはするのであるがまだ数珠《じゅず》は近い几帳《きちょう》の棹《さお》に掛けられてあって、経を読んでいる様子は絵にも描《か》きたいばかりの姫君であった。少将は自身でも見るたびに涙のとどめがたい姫君の姿を、恋する男の目にはどう映るであろうと思い、よいおりでもあったのか襖子《からかみ》の鍵穴《かぎあな》を中将に教えて目の邪魔《じゃま》になる几帳などは横へ引いておいた。これほどの美貌の人とは想像もしなかった、自分の理想に合致した麗人であったものをと思うと、尼にさせてしまったことが自身の過失であったように残念にくちおしく思われる心を、これをよくおさえることができなくっては、静かにすべき隙見《すきみ》に激情のままの身じろぎの音もたててしまうかもしれぬと気づいて立ち退《の》いた。こんな美女を失った人が捜さずに済ませる法があろうか、まただれそれ、だれの娘の行くえが知れぬとか、または人を怨《うら》んで尼になったとか自然|噂《うわさ》にはなるものであるがと返す返すいぶかしく思われた。尼になってもこんな美しい人は決して愛人にして悪感《おかん》の起こるものではあるまい、かえって心が強く惹《ひ》かれることになるであろう、極秘裡《ごくひり》にやはりあの人を自分のものにしようと、こんなことを心にきめた中将は、こちらの尼君の座敷に来て、気を入れて話をしていた。
「俗の人でおいでになった間は、私と御交際くださるにもいろいろさしさわりがあったでしょうが、落飾されたあとでは気楽につきあっていただける気がします。そんなふうにあなたからもお話しになっておいてください。昔のことが忘られないために、こんなふうに御訪問をしていますが、またもう一つ友情というものを持ち合う相手がふえれば幸福になりうるでしょう」
などと言った。
「将来がどうなるかと心細く、気がかりでなりませんのに、厚い御
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