うな性質の人であると聞いていた老尼の所でうつ伏しになっているのであったが、眠入《ねい》ることなどはむろんできない。宵惑いの大尼君は大きい鼾《いびき》の声をたてていたし、その前のほうにも後差《あとざ》しの形で二人の尼女房が寝ていて、それも主に劣るまいとするように鼾《いびき》をかいていた。姫君は恐ろしくなって今夜自分はこの人たちに食われてしまうのではないかと思うと、それも惜しい命ではないが、例の気弱さから死にに行った人が細い橋をあぶながって後ろへもどって来た話のように、わびしく思われてならなかった。童女のこもき[#「こもき」に傍点]を従えて来ていたのであるが、ませた少女は珍しい異性が風流男らしく気どってすわっているあちらの座敷のほうに心が惹《ひ》かれて帰って行った。今にこもき[#「こもき」に傍点]が来るであろう、あろうと姫君は待っているのであるが、頼みがいのない童女は主を捨てはなしにしておいた。
 中将は誠意の認められないのに失望して帰ってしまった。そのあとでは、
「人情がわからない方ね。引っ込み思案でばかりいらっしゃる。あれだけの容貌《きりょう》を持っておいでになりながら」
 などと姫君を譏《そし》って皆一所で寝てしまった。
 夜中時分かと思われるころに大尼君はひどい咳《せき》を続けて、それから起きた。灯《ひ》の明りに見える頭の毛は白くて、その上に黒い布をかぶっていて、姫君が来ているのをいぶかって鼬鼠《いたち》はそうした形をするというように、額に片手をあてながら、
「怪しい、これはだれかねえ」
 としつこそうな声で言い姫君のほうを見越した時には、今自分は食べられてしまうのであるという気が浮舟にした。幽鬼が自分を伴って行った時は失心状態であったから何も知らなかったが、それよりも今が恐ろしく思われる姫君は、長くわずらったあとで蘇生《そせい》して、またいろいろな過去の思い出に苦しみ、そして今またこわいとも怖《おそ》ろしいとも言いようのない目に自分はあっている、しかも死んでいたならばこれ以上恐ろしい形相《ぎょうそう》のものの中に置かれていた自分に違いないとも思われるのであった。昔からのことが眠れないままに次々に思い出される浮舟は、自分は悲しいことに満たされた生涯《しょうがい》であったとより思われない。父君はお姿も見ることができなかった。そして遠い東の国を母についてあちらこちら
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