は何の用でたびたびここへ来るのかね」
 と訊《き》いた。
「自分の知った人に用があるもんだから」
「自分の知った人に艶《えん》な恰好《かっこう》の手紙などを渡すのかね。理由《わけ》がありそうだね、隠しているのはどんなことだ」
「真実《ほんとう》は守《かみ》(時方は出雲権守《いずものごんのかみ》でもあった)さんの手紙を女房へ渡しに来るのさ」
 随身は想像と違ったこの答えをいぶかしく思ったがどちらも山荘を辞して来た。随身は利巧《りこう》者であったから、つれて来ている小侍に、
「あの男のあとを知らぬ顔でつけて行け、どの邸《やしき》へはいるかよく見て来い」
 と命じてやった。さきの使いは兵部卿の宮のお邸へ行き、式部少輔に返事の手紙を渡していたと小侍は帰って来て報告した。それほどにしてうかがわれているとも宮のほうの侍は気がつかず、またどんな秘密があることとも知らなかったので近衛《このえ》の随身に見あらわされることになったのである。
 随身は大将の邸へ行き、ちょうど出かけようとしている薫に、返事を人から渡させようとした。今日は直衣《のうし》姿で、六条院へ中宮が帰っておいでになるころであったから伺候
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