に宮は少し御安心をあそばされた。三月の末日に乳母は家を出るはずであったから、その日に宇治から恋人を移そうと計画をしておいでになるのであった。こう思っている、秘密に秘密にしてお置きなさいと書いておやりになったのであるが、御自身で宇治へおいでになることは至難のことになっていた。
山荘のほうからも乳母は気のはしこくつく女であるからお迎えすることは不可能であると右近が書いてきた。
薫からは四月十日と移転の日をきめて来た。「誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ」とは思われないで、女はいかに進退すべきかに迷い、不安さに母の所へしばらく行ってよく考えを定めればいいであろうと思われたが、少将の妻になっている常陸守《ひたちのかみ》の娘の産期が近づいたため、祈祷《きとう》とか読経《どきょう》とかをさせるために家のほうは騒いでいて、懸案だった石山|詣《もう》でもできなくなり、母のほうから宇治の山荘へ出て来た。乳母がさっそく出て来て、
「殿様のほうから、女房たちの衣装をこまごまと気をおつけになりましてたくさんな材料をくださいましたから、どうかしてきれいな体裁をととのえたいと思っておりますけれど、私の頭で考えますこと
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