陸家の車は立ちどまり、宮のお車は廊に寄せられてお下《お》りになるのであった。だれの車だろう、まだ暗いのに急いで出て行くではないかと宮は目をおとめになった。こんなふうにして人目を忍んで通う男は帰って行くものであると、御自身の経験から悪い疑いもお抱きになった。
「常陸様がお帰りになるのでございます」
 と、出る車に従った者は言った。
「りっぱなさまだね」
 と若い前駆の笑い合っているのを聞いて、常陸の妻は、こんなにまで懸隔のある身分であったかと悲しんだ。ただ姫君のために自分も人並みな尊敬の払われる身分がほしいと思った。まして姫君自身をわが階級に置くことは惜しい悲しいことであるといよいよこの人は考えるようになった。
 宮は夫人の居間へおはいりになって、
「常陸さんという人があなたの所へ通っているのではないか、艶《えん》な夜明けに急いで出て行った車付きの者が、なんだかわざとらしいこしらえ物のようだった」
 まだ疑いながらお言いになるのであった。人聞きの恥ずかしい困ったことをお言いになると思い、
「大輔《たゆう》などの若いころの朋輩《ほうばい》は何のはなやかな恰好《かっこう》もしていませんのに、
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