が思うころに縁側を歩んで来た大将は、派手《はで》な美貌というのではなしに、艶《えん》で上品な美しさを持っていて、だれもその人に羞恥《しゅうち》を覚えさせられぬ者はなく、知らず知らず額髪も直されるのであった。貴人らしく、この上なく典雅な風采《ふうさい》が薫には備わっていた。御所から退出した帰り途《みち》らしい。前駆の者がひしめいている気配《けはい》がここにも聞こえる。
「昨晩中宮がお悪いということを聞きまして、御所へまいってみますと、宮様がたはどなたも侍しておられないので、お気の毒に存じ上げてこちらの宮様の代わりに今まで御所にいたのです。今朝《けさ》も宮様のおいでになるのがお早くなかったので、これはあなたの罪でしょうと私は解釈していたのですよ」
 と大将は言った。
「ほんとうに深いお思いやりをなさいますこと」
 夫人はこう答えただけである。宮が御所にとどまっておいでになるのを見てこの人はまた中の君と話したくなって来たものらしい。
 いつものようになつかしい調子で薫は話し続けていたが、ともすればただ昔ばかりが忘られなくて、現在の生活に興味の持たれぬことを混ぜて中の君へ訴えようとするのであっ
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