で将来のことは私に保証ができないのだから、そう言われるとどうしてよいかわからない」
 と歎息をしたままでその話はしなくなった。
 夜が明けると車などを持って来て、常陸守の帰りを促す腹だたしげな、威嚇《いかく》的な言葉を使いが伝えたため、
「もったいないことですが、万事あなた様をお頼みに思わせていただきまして、あの方をお手もとへ置いてまいります。『いかならん巌《いはほ》の中に住まばかは』(世のうきことの聞こえこざらん)とばかり苦しんでおります間だけを隠してあげてくださいませ。哀れな人と御覧くださいまして、教えられておりませんことをお教えくださいませ」
 などと、昔の中将の君は夫人に泣きながら頼んでおいて帰って行こうとした。姫君は母に別れていたこともない習慣から心細く思うのであったが、はなやかな貴族の家庭にしばらくでも混じって行けるようになったことはさすがにうれしかった。
 常陸夫人の車の引き出されるころは少し明るくなっていたが、ちょうどこの時に宮は御所からお帰りになった。若君に心がお惹《ひ》かれになるために御微行の体で車なども例のようでなく簡単なのに召しておいでになったのと行き合って、常陸家の車は立ちどまり、宮のお車は廊に寄せられてお下《お》りになるのであった。だれの車だろう、まだ暗いのに急いで出て行くではないかと宮は目をおとめになった。こんなふうにして人目を忍んで通う男は帰って行くものであると、御自身の経験から悪い疑いもお抱きになった。
「常陸様がお帰りになるのでございます」
 と、出る車に従った者は言った。
「りっぱなさまだね」
 と若い前駆の笑い合っているのを聞いて、常陸の妻は、こんなにまで懸隔のある身分であったかと悲しんだ。ただ姫君のために自分も人並みな尊敬の払われる身分がほしいと思った。まして姫君自身をわが階級に置くことは惜しい悲しいことであるといよいよこの人は考えるようになった。
 宮は夫人の居間へおはいりになって、
「常陸さんという人があなたの所へ通っているのではないか、艶《えん》な夜明けに急いで出て行った車付きの者が、なんだかわざとらしいこしらえ物のようだった」
 まだ疑いながらお言いになるのであった。人聞きの恥ずかしい困ったことをお言いになると思い、
「大輔《たゆう》などの若いころの朋輩《ほうばい》は何のはなやかな恰好《かっこう》もしていませんのに、
前へ 次へ
全45ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング