が思うころに縁側を歩んで来た大将は、派手《はで》な美貌というのではなしに、艶《えん》で上品な美しさを持っていて、だれもその人に羞恥《しゅうち》を覚えさせられぬ者はなく、知らず知らず額髪も直されるのであった。貴人らしく、この上なく典雅な風采《ふうさい》が薫には備わっていた。御所から退出した帰り途《みち》らしい。前駆の者がひしめいている気配《けはい》がここにも聞こえる。
「昨晩中宮がお悪いということを聞きまして、御所へまいってみますと、宮様がたはどなたも侍しておられないので、お気の毒に存じ上げてこちらの宮様の代わりに今まで御所にいたのです。今朝《けさ》も宮様のおいでになるのがお早くなかったので、これはあなたの罪でしょうと私は解釈していたのですよ」
と大将は言った。
「ほんとうに深いお思いやりをなさいますこと」
夫人はこう答えただけである。宮が御所にとどまっておいでになるのを見てこの人はまた中の君と話したくなって来たものらしい。
いつものようになつかしい調子で薫は話し続けていたが、ともすればただ昔ばかりが忘られなくて、現在の生活に興味の持たれぬことを混ぜて中の君へ訴えようとするのであった。この人の言っているように長い時間を隔ててなお恋の続いているわけはない、これは熱愛するようにその昔に言い始めたことであったから、忘れていぬふうを装うのではないかと女王《にょおう》は疑ってもみたが、人の心は外見にもよく現われてくるものであるから、しばらく見ているうちに、この人の故人への思慕の情が岩木でない人にはよくわかるのであった。この人を思う心も縷々《るる》と言われるのに中の君は困っていて、恋の心をやめさせる禊《みそぎ》をさせたい気にもなったか、人型《ひとがた》の話をしだして、
「このごろはあの人、そっとこの家《うち》に来ています」
とほのめかすと、男もそれをただごととして聞かれなかった。牽引力《けんいんりょく》のそこにもあるのを覚えたが、にわかにそちらへ恋を移す気にこの人はなれなかった。
「でもその御本尊が私の願望を皆受け入れてくださるのであれば尊敬されますがね。いつも悩まされてばかりいるようでは、信仰も続きませんよ」
「まあ、あなたの信仰ってそれくらいなのですね」
ほのかに中の君の笑うのも薫には美しく聞かれた。
「では完全に私の希望をお伝えください。御自身の一時のがれの口実だ
前へ
次へ
全45ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング