たび逢うようなことはなかったのでございます。先日京から大輔《たゆう》が手紙をよこしまして、あの方がどうかして宮様のお墓へでもお行きになりたいと言っていらっしゃるから、そのつもりでということでしたが、中将からは久しぶりの音信《たより》というものもくれません。でございますからそのうちこちらへお見えになるでしょう。その節にあなた様の仰せをお伝えいたしましょう」
 夜が明けたので薫は帰ろうとしたが、昨夜遅れて京から届いた絹とか綿とかいうような物を御寺《みてら》の阿闍梨《あじゃり》へ届けさせることにした。弁の尼にも贈った。寺の下級の僧たち、尼君の召使いなどのために布類までも用意させてきて薫は与えたのだった。心細い形の生活であるが、こうして中納言が始終補助してくれるために、気楽に質素な暮らしが弁にできるのである。
 堪えがたいまでに吹き通す木枯《こがら》しに、残る枝もなく葉を落とした紅葉《もみじ》の、積もりに積もり、だれも踏んだ跡も見えない庭にながめ入って、帰って行く気の進まなく見える薫であった。よい形をした常磐木《ときわぎ》にまとった蔦《つた》の紅葉だけがまだ残った紅《あか》さであった。こだに[
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