なったのではない。高級役人や殿上人の饗膳《きょうぜん》などは内蔵寮《くらりょう》から供えられた。左大臣、按察使《あぜち》大納言、藤《とう》中納言、左兵衛督《さひょうえのかみ》などがまいって、皇子がたでは兵部卿《ひょうぶきょう》の宮、常陸《ひたち》の宮などが侍された。南の庭の藤の花の下に殿上人の席ができてあった。後涼殿の東に楽人たちが召されてあって、日の暮れごろから双調を吹き出し、お座敷の上では姫宮のほうから御遊の楽器が出され、大臣を初めとして人々がそれを御前へ運んだ。六条院が自筆でおしたためになり、三条の尼宮へお与えになった琴の譜二巻を五葉の枝につけて左大臣は持って出、由来を御|披露《ひろう》して奉った。次々に十三|絃《げん》、琵琶《びわ》、和琴《わごん》の名楽器が取り出された。朱雀《すざく》院から伝わった物で薫の所有するものである。笛は柏木《かしわぎ》の大納言が夢に出て伝える人を夕霧へ暗示した形見のもので、非常によい音《ね》の出るものであると六条院がお愛しになったものを、右大将へ贈るのはこの美しい機会以外にないと思い、薫のためにこの人が用意してきたのであるらしい。大臣に和琴、兵部卿の
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