したいことがあるのであろうと思って、若い女王《にょおう》は少し遠くへ行った。真向《まっこ》うへ顔を持ってくるのでなくても、近く寄り添って来る薫に、大姫君は羞恥《しゅうち》を覚えるのであったが、これだけの宿縁はあったのであろうと思い、危険な線は踏み越えようとしなかった同情の深さを、今一人の男性に比べて思うと、一種の愛はわく姫君であった。死んだあとの思い出にも気強く、思いやりのない女には思われまいとして、かたわらの人を押しやろうとはしなかった。
一夜じゅうかたわらにいて、時々は湯なども薫は勧めるのであったが、少しもそれは聞き入れなかった。悲しいことである、この命をどうして引きとめることができるであろうと薫は思い悩むのであった。不断経を読む僧が夜明けごろに人の代わる時しばらく前の人と同音に唱える経声が尊く聞こえた。阿闍梨《あじゃり》も夜居《よい》の護持僧を勤めていて、少し居眠りをしたあとでさめて、陀羅尼《だらに》を読み出したのが、老いたしわがれ声ではあったが老巧者らしく頼もしく聞かれた。
「今夜の御様子はいかがでございますか」
などと阿闍梨は薫に問うたついでに、
「宮様はどんな所においで
前へ
次へ
全126ページ中104ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング