卿《ひょうぶきょう》の宮は春の花盛りのころに、去年の春の挿頭《かざし》の花の歌の贈答がお思い出されになるのであったが、その時のお供をした公達《きんだち》などの河《かわ》を渡ってお訪《たず》ねした八の宮の風雅な山荘を、宮が薨去《こうきょ》になってあれきり見られぬことになったのは残念であると口々に話し合っていた時にも、宮のお心は動かずにいるはずもなかった。
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つてに見し宿の桜をこの春に霞《かすみ》隔てず折りて挿頭《かざ》さん
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積極的なこんなお歌が宮から贈られた時に、思いも寄らぬことを言っておいでになるとは思ったが、つれづれな時でもあったから、美しい文字で書かれたものに対し、表面の意にだけむくいる好意をお示しして、
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いづくとか尋ねて折らん墨染めに霞こめたる宿の桜を
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とお返しをした。中姫君である。いつもこんなふうに遠い所に立つものの態度を変えないのを宮は飽き足らずに思っておいでになった。こうしたお気持ちのつのっている時にはいつも中納言をいろいろに言って責めも恨みもされるのである。おかしく思いながらも、ひとかどの後見人顔をして、
「浮気《うわき》な御行跡が私の目につく時もございますからね。そうした方であってはと将来が不安でならなくなるのでございましょう」
などと申すと、
「気に入った人が発見できない過渡時代だからですよ」
宮はこんな言いわけをあそばされる。
右大臣は末女《すえむすめ》の六の君に何の関心もお持ちにならぬ宮を少し怨《うら》めしがっていた。宮は親戚《しんせき》の中でのそれはありきたりの役まわりをするにすぎないことで、世間体もおもしろくないことである上に、大臣からたいそうな婿扱いを受けることもうるさく、蔭《かげ》でしていることにも目をつけてかれこれと言われるのもめんどうだから結婚を承諾する気にはなれないのであるとひそかに言っておいでになって、以前から予定されているようでありながら実現する可能性に乏しかった。
その年に三条の宮は火事で焼けて、入道の宮も仮に六条院へお移りになることがあったりして、薫は繁忙なために宇治へも久しく行くことができなかった。まじめな男の心というものは、匂宮などの風流男とは違っていて、気長に考えて、いずれはその人をこそ一生の妻とする
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