女性であるが、あちらに愛情の生まれるまでは力ずくがましい結婚はしたくないと思い、故人の宮への情誼《じょうぎ》を重く考える点で女王《にょおう》の心が動いてくるようにと願っているのであった。
その夏は平生よりも暑いのをだれもわびしがっている年で、薫も宇治川に近い家は涼しいはずであると思い出して、にわかに山荘へ来ることになった。朝涼のころに出かけて来たのであったが、ここではもうまぶしい日があやにくにも正面からさしてきていたので、西向きの座敷のほうに席をして髭侍《ひげざむらい》を呼んで話をさせていた。
その時に隣の中央の室《へや》の仏前に女王たちはいたのであるが、客に近いのを避けて居間のほうへ行こうとしているかすかな音は、立てまいとしているが薫の所へは聞こえてきた。このままでいるよりも見ることができるなら見たいものであると願って、こことの間の襖子《からかみ》の掛け金の所にある小さい穴を以前から薫は見ておいたのであったから、こちら側の屏風《びょうぶ》は横へ寄せてのぞいて見た。ちょうどその前に几帳《きちょう》が立てられてあるのを知って、残念に思いながら引き返そうとする時に、風が隣室とその前の室との間の御簾《みす》を吹き上げそうになったため、
「お客様のいらっしゃる時にいけませんわね、そのお几帳をここに立てて、十分に下を張らせたらいいでしょう」
と言い出した女房がある。愚かしいことだとみずから思いながらもうれしさに心をおどらせて、またのぞくと、高いのも低いのも几帳は皆その御簾ぎわへ持って行かれて、あけてある東側の襖子から居間へはいろうと姫君たちはするものらしかった。その二人の中の一方が庭に向いた側の御簾から庇《ひさし》の室越《まご》しに、薫の従者たちの庭をあちらこちら歩いて涼をとろうとするのをのぞこうとした。濃い鈍《にび》色の単衣《ひとえ》に、萱草《かんぞう》色の喪の袴《はかま》の鮮明な色をしたのを着けているのが、派手《はで》な趣のあるものであると感じられたのも着ている人によってのことに違いない。帯は仮なように結び、袖口《そでぐち》に引き入れて見せない用意をしながら数珠《じゅず》を手へ掛けていた。すらりとした姿で、髪は袿《うちぎ》の端に少し足らぬだけの長さと見え、裾《すそ》のほうまで少しのたるみもなくつやつやと多く美しく下がっている。正面から見るのではないが、きわめて可憐《
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