生を終わることでした」
 などと薫は言った。小さく巻き合わせた手紙の反古《ほご》の黴《かび》臭いのを袋に縫い入れたものを弁は薫に渡した。
「あなた様のお手で御処分くださいませ。もう自分は生きられなくなったと大納言様は仰せになりまして、このお手紙を集めて私へくださいましたから、私は小侍従に逢いました節に、そちら様へ届きますように、確かに手渡しをいたそうと思っておりましたのに、そのまま小侍従に逢われないでしまいましたことも、私情だけでなく、大納言のお心の通らなかったことになりますことで私は悲しんでおりました」
 弁はこう言うのであった。薫はなにげなくその包を袖《そで》の中へしまった。こうした老人は問わず語りに、不思議な事件として自分の出生の初めを人にもらすことはなかったであろうかと、薫は苦しい気持ちも覚えるのであったが、かえすがえす秘密を厳守したことを言っているのであるから、それが真実であるかもしれぬと慰められないでもなかった。
 山荘の朝の食事に粥《かゆ》、強飯《こわめし》などが出された。昨日《きのう》は休暇が得られたのであるが、今日は陛下の御謹慎日も終わって、平常どおりに宮中の事務を執
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