長のなつかしい薫香《たきもの》のにおいの染《し》んだのを、この場のにわかの纏頭《てんとう》に尚侍は出したのであるが、
「どうしたからいただくのだかわからない」
 と言って、薫はこの家の藤侍従の肩へそれを載せかけて帰ろうとした。引きとめて渡そうとしたのを、
「ちょっとおじゃまするつもりでいておそくなりましたよ」
 とだけ言って逃げて行った。
 蔵人少将はこの源侍従が意味ありげに訪問した今夜のようなことが続けば、だれも皆好意をその人にばかり持つようになるであろう、自分はいよいよみじめなものになると悲観していて、御簾《みす》の中の人へ恨めしがるようなこともあとに残って言っていた。

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人は皆花に心を移すらん一人ぞ惑ふ春の夜の闇《やみ》
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 こう言って、歎息《たんそく》しながら帰ろうとしている少将に、御簾の中の人が、

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折からや哀れも知らん梅の花ただかばかりに移りしもせじ
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 と返歌をした。
 翌朝になって源侍従から藤侍従の所へ、
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 昨夜は失礼をして帰りましたが皆さんのお気
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