湧《わ》き上がるのであるから何を言うこともおできにならない。
「あまりに少女《おとめ》らしいではありませんか。思い余る心から、しいてここまで参ってしまったことは失礼に違いございませんが、これ以上のことをお許しがなくてしようとは存じておりません。この恋に私はどれだけ煩悶《はんもん》に煩悶を重ねてきたでしょう。私が隠しておりましても自然お目にとまっているはずなのですが、しいて冷たくお扱いになるものですから、私としてはこのほかにいたしようがないではございませんか。思いやりのない行動として御反感をお招きしても、片思いの苦しさだけは聞いていただきたいと思います。それだけです。御冷淡な御様子はお恨めしく思いますが、もったいないあなた様なのですから、決して、決して」
 と言って、大将はしいて同情深いふうを見せていた。あるところまでよりしまらぬ襖子《からかみ》を宮がおさえておいでになるのは、これほど薄弱な防禦《ぼうぎょ》もないわけなのであるが、それをしいてあけようとも大将はしないのである。
「これだけで私の熱情が拒めると思召《おぼしめ》すのが気の毒ですよ」
 と笑っていたが、やがておそばへ近づいた。しかも御意志を尊重して無理はあえてできない大将であった。宮はなつかしい、柔らかみのある、貴女《きじょ》らしい艶《えん》なところを十分に備えておいでになった。続いてあそばされたお物思いのせいかほっそりと痩《や》せておいでになるのが、お召し物越しに接触している大将によく感ぜられるのである。しめやかな薫香《くんこう》の匂《にお》いに深く包まれておいでになることも、柔らかに大将の官能を刺激《しげき》する、きわめて上品な可憐《かれん》さのある方であった。
 吹く風が人を心細くさせる山の夜ふけになり、虫の声も鹿《しか》の啼《な》くのも滝の音も入り混じって艶《えん》な気分をつくるのであるから、ただあさはかな人間でも秋の哀れ、山の哀れに目をさまして身にしむ思いを知るであろうと思われる山荘に、格子もおろさぬままで落ち方になった月のさし入る光も大将の心に悲しみを覚えさせた。
「まだ私の心持ちを御理解くださらないのを拝見しますと、私はかえってあなた様に失望いたしますよ。こんなに愚かしいまでに自己を抑制することのできる男はほかにないだろうと思うのですが、御信用くださらないのですか。何をいたしても責任感を持たぬ種
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