めに、不意にいろんな言葉が自分の痛い傷にさわるというようなこともなくて、今度のような苦しみをそのあとで感じることはなかったものです。賢くもありませんでしたが、朝廷の御恩を受けて地位を得てゆくにしたがって彼の庇護を受けようとするものが次第に多くなっていたのですから、彼の死に失望をした者もずいぶんあるでしょう。しかし親である私は、そんなふうに勢力を得ていたのに惜しいとか、官位がどうなっていたかというようなことではなくて、平凡な息子《むすこ》である裸の彼が堪えがたく恋しいのです。どんなことが私のこの悲しみを慰めるようになるのでしょう。それはありうることとは思われません」
大臣は空間に向いて歎息《たんそく》をした。夕方の雲が鈍《にび》色にかすんで、桜の散ったあとの梢《こずえ》にもこの時はじめて大臣は気づいたくらいである。
御息所の歌の紙へ、
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このもとの雪に濡《ぬ》れつつ逆《さかし》まに霞《かすみ》の衣着たる春かな
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と書いた。大将も、
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亡《な》き人も思はざりけん打ち捨てて夕べの霞君着たれとは
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