っておいでになっては私の立場も苦しくなりますからね、女御さんがもう一段御出世をなすったあとで、その時に私たちだけでお参りをいたしましょう」
 と言って、尼君をとどめていたのであるが、老人はそれまで長命で生きておられる自信もなく心細がってそっと一行に加わって来たのである。運命の寵児《ちょうじ》であることがしかるべきことと思われる女王や女御よりも、明石の母と娘の前生の善果がこの日ほどあざやかに見えたこともなかった。
 十月の二十日《はつか》のことであったから、中の忌垣《いがき》に這《は》う葛《くず》の葉も色づく時で、松原の下の雑木の紅葉《もみじ》が美しくて波の音だけ秋であるともいわれない浜のながめであった。本格的な支那《しな》楽|高麗《こうらい》楽よりも東《あずま》遊びの音楽のほうがこんな時にはぴったりと、人の心にも波の音にも合っているようであった。高い梢《こずえ》で鳴る松風の下で吹く笛の音もほかの場所で聞く音とは変わって身にしみ、松風が琴に合わせる拍子は鼓を打ってするよりも柔らかでそして寂しくおもしろかった。伶人《れいじん》の着けた小忌衣《おみごろも》竹の模様と松の緑が混じり、挿頭《かざ
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