われもとはなやかな御祝い品の来るお産屋《うぶや》であった。この際の祝宴については、いつも華奢《かしゃ》に流れることは遠慮したいとお言いになる院も、あまりお止めにはならなかったために、目もくらむほどのお産養の日が続き、ぼんやりとしていた筆者にその際の洗練された細かな物好みで製作されたおのおのの式の賀品などのことによく気がつかなかった。
 院は若宮をお抱きになって、
「大将が幾人も持った子を今まで見せないのを恨めしく思っていたが、こんなかわいい方が授かった」
 と愛しておいでになるのはごもっともなことである。毎日物が引き伸ばされるように若宮は大きくおなりになるのであった。乳母《めのと》などは新しい人をお見つけになることは当分されずに、これまでの六条院の女房の中から、身柄も性質もよい人ばかりを選んでお付けになった。明石夫人が聡明《そうめい》で、気高《けだか》い、おおような心を持っていながら、ある場合に卑下することを忘れずに、自身が表に出ようとすることのない態度のとれることについてはほめない人はなかった。紫夫人は顔をあらわに見せて話すようなことは今までこの人となかったのであるが、今度はよく睦《
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