指貫《さしぬき》の裾《すそ》のふくらんだのを少し引き上げた姿は軽々しい形態でなかった。雪のような落花が散りかかるのを見上げて、萎《しお》れた枝を少し手に折った大将は、階段《きざはし》の中ほどへすわって休息をした。衛門督が続いて休みに来ながら、
「桜があまり散り過ぎますよ。桜だけは避けたらいいでしょうね」
 などと言って歩いているこの人は姫宮のお座敷を見ぬように見ていると、そこには落ち着きのない若い女房たちが、あちらこちらの御簾《みす》のきわによって、透き影に見えるのも、端のほうから見えるのも皆その人たちの派手《はで》な色の褄袖口《つまそでぐち》ばかりであった。暮れゆく春への手向けの幣《ぬさ》の袋かと見える。几帳《きちょう》などは横へ引きやられて、締まりなく人のいる気配《けはい》があまりにもよく外へ知れるのである。
 支那《しな》産の猫《ねこ》の小さくかわいいのを、少し大きな猫があとから追って来て、にわかに御簾《みす》の下から出ようとする時、猫の勢いに怖《おそ》れて横へ寄り、後ろへ退《の》こうとする女房の衣《きぬ》ずれの音がやかましいほど外へ聞こえた。この猫はまだあまり人になつかないので
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